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3Dモデルは場合によって200Mbytesを近くになる場合があります。(大型石室の全体像の場合など)

表題バージョンに”L”のついているものは50Mbytesを超えていないものですが、全般に定額/高速回線/PCでの閲覧を推奨します。


2015年3月20日金曜日

宮崎県中部の古墳集中地帯を基盤地図情報(数値標高モデル)でむいてみる

ある記事を見ていたらやけに標高データの詳しい地図を提示していて、早速どんなものだか調査。国土地理院の基盤地図情報(数値標高モデル)だということがわかりました。箸墓古墳等の墳丘3Dの広域版(広い地域のデータがあるが精度は劣る)というとイメージつきやすいでしょうか。


そして”これ使えば、もしかして山中に埋もれている古墳見つけられるんじゃ”と思うのは当然のことだと思います。ということで、地元の宮崎中部、古墳群の集中している地域を画像化してみました。





















画像の中心からやや下が新富町新田原基地。左が西都市、上が高鍋町です。
赤丸で囲ったところが古墳または古墳群。
有名どころの西都原古墳や持田古墳群からマイナーな木城村古墳群や山王古墳群など。
現地の人でもめったに行かない、コフニストの記録でもほとんど出てこない前方後円墳など結構面白いものが判別できました。
ダウンロードしてさらに拡大してみてください。

赤丸に付随している※番号に沿って記憶等を頼りに解説。


※1 西都原古墳群
第二支群の高さの無い前方後円墳が少し消えていますが、画像化する前のデータだと僅かながら高まりが記録されています。一段下がった辺り、妻高等学校近辺の古墳が見えていますが、それより以南の住宅地にまぎれている前方後円墳などは見えません。
西都原から南南西に谷を跨いで台地の先端にも百塚古墳群の前方後円墳が見えます。

※2 新田原古墳群(祇園原)
平らな場所に後期の前方後円墳なのでわかりやすく見えます。霧島塚もギリギリそれっぽく見えているかな。

※3 茶臼原古墳群
児屋根塚古墳がしっかりと見える以外はまばらに円墳。赤円西側の円墳群からちょっと南南東に少し盛り上がっているところが別の前方後円墳かなぁ。千畑古墳は相変わらず墳丘の形状がわかりません。

※4 持田古墳群
前方部が長い計塚や高鍋大師に続く前方後円墳の列、平地にある亀塚など主要部はしっかり写っています。西側尾根の古墳も検出。海側台地の円墳群は見えないですね。

※5 川南古墳群
一部しか写っていないですが大きい前方後円墳は大半が入っています。持田の計塚同様、39号の後円部が低地部にアピールしてます。

※6 山王古墳群、野首遺跡
高速道路からも低地側に見える古墳群(赤円中のぽっこり)と台地上の高速道路建設で消滅した古墳。高速の西側にまだ高まりがありますね。また赤丸の南側台地に上がった辺りも古墳だったかと思います。

※7 木城村古墳群
この辺りで~村古墳群という名づけがされているものは大抵戦前の指定です。結構円墳が密集しています。川南古墳群との間の台地先端(高城城址)にも横穴式石室のある円墳があります。

※8 新田原古墳群(塚原)
新田原古墳群は、祇園原、船塚(消滅)、山の坊、塚原の4群といわれるのですが、めったにお目にかからない塚原の3号墳(前方後円墳)が赤円中心付近に見えます。この東の台地には富田古墳群の40番台があったり、古墳群としてのくくりが微妙。。。

※9 富田古墳群1号墳
富田小学校と八幡神社の間にある1号墳。ここと西側の台地は過去繋がっており、その尾根筋に下屋敷古墳など数基の古墳があったようです。


10mくらいの小さい円墳も意外と記録されている反面、市街地のものは建物に埋没してしてしまったりこのデータにも得意不得意がありそうですが、50~60m級の前方後円墳(削平や高さの無いものを除く)でもある程度わかるので、怪しい地形は一度この基盤地図情報で確認してみてはいかがでしょうか。




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